本当に「不自由」なのは誰?
これ、ちょっと前に深夜の勢いに任せて(笑)
ちょっと踏み込んだことでも言ってみよう、とFBに書いた記事だったのですが、
意外と、これまでなんとなく自分がぽやぽや思ってきたことを
比較的すっきり文章にアウトプットできた気がしたので、ブログにリライトしてみます。
きっかけは、心屋仁之助さんのブログのこの記事。
(この記事自体は、いわゆる心屋節はそんなにのってないので、特におすすめの記事というわけでもないのですが(^^;)
これ、わかるなあ。と思いました。
「日本が不自由」なわけではないのよ。
「あなたが不自由」なのよ。
たとえば、
日本は妊婦さんに冷たい、とか、子連れのママに厳しい、とか、
ものすごく悲痛な声をきくこともあるけれど、
私は妊娠してるときも、出産してから赤ちゃん連れで出かけるときも、
一度としてそのような感情になったことはないんだよなぁ。
むしろ、どちらかというと、
私はひとりのとき、電車やカフェやレストランなんかで
ほとんど周りのひとと絡んだりしないから、
子供がいることをきっかけに、お声をかけてもらったり、
ちょっとした交流をする機会ができて、
わー皆なんか優しいなぁ。。(*´ω`*) って感じることが多くて、
ああ、ひとりじゃなかなかできなかった
いい体験をさせてもらってるなって思った。
もちろん、
あー嫌だなぁ、とか、わー残念だわぁ、、
という気持ちになることは何度もあった。
でも、それって本当に
「妊娠してるから」?
「赤ちゃん連れているから」なの??
妊婦や子連れという「フック」があることによって、
より、引っかかりやすく、見えやすくなっているだけ、
なんだと思うのですよね。
だって、別にひとりでいるときにも
嫌な気持ちになるときはなるし、優しくされることだってあるよ。
で、この「フック」は、人によって、
女性である、ということだったり。
日本人ということだったり。
そもそも自分だから、ということだったりする。
じゃあ、そのフックに何が引っかかっているの?
何が見えているの?
それ、自分の世界(=自分)に対する意識や見方なのですよ。
日本が冷たいんじゃないのよ。
あなたが(自分に)冷たいのよ。
社会が厳しいんじゃないのよ。
あなたが(自分に)厳しいのよ。
自分に優しくして
世界を信頼してみたら
意外とちゃんと
世界から優しさって返ってくるものだよ。
私はちゃらんぽらんだけど、
そこだけは、けっこう努力をして
手放してきたんだよ。
自分を被害者にし続けるのは、
もう、やめていい。
なんてことを。つらつら思ってました。
ちょっと前に、「保育園落ちた日本死ね」問題が話題にもなったしね。
あれは、たぶん世論に石を投じるという意図を持って
あえてあのような表現で書かれたもので、
その試みは見事に成功したのだと思いますが、
もし、本当に「保育園に落ちたせいで私は活躍できない」と思っているひとは、
きっと保育園に受かっても、
自分が活躍できない原因は、なくならないと思います。
どんな状況でも関係ないのだ。
むしろ、なんにもしてなくてもいいのだ。
みんな、今すぐ、活躍しよ(*´ω`*)
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